2003年に自転車旅行をしたことを思い出しながらブログに書いてる最中ですが、ニュージーランドに自転車で行こうと思った動機を今回書いてみようと思います。
なぜ自転車で一周しなければならないのか?
なぜ自転車だったのかというとプロフィールにも書いてあるとおり植村直己さんの本を読んで冒険というものに魅せられてしまったからです。
植村直己さんの生き方に惹きこまれた
植村直己さんは世界初五大陸最高峰登頂者などの登山がどちらかというと有名ですが、僕はグリーンランド犬ぞりとか北極圏の冒険、アマゾンいかだ下りの本を読み、惹きこまれていきました。
特に「1人の力」「単独行」という部分に共感し、自分なりの冒険を1人でやりたいと思うようになったのです。
そのため人力でやるというのは必須条件でした。
つまり、自転車を選んだのは人力での冒険ということが、僕なりの冒険として必須条件だったからです。
なぜニュージーランド?
なぜニュージーランドにしたのかということですが、まずは一周というカテゴリーで考えると日本より若干小ぶりな面積のニュージーランドは単純すぎる理由ですがサイズ感が「ちょうどよかった」ということです。オーストラリアなら大きすぎたのです。
会社を3月末でやめて4月からスタート、9月中旬には中国へ留学することが決まっていたためその間の5か月間という期限もありました。
じゃあ日本一周はどうかというとなんか違うなと思っていました。冒険中に携帯電話がなったら僕の中の雰囲気が壊されます。
まさかの勧誘の電話なら最悪。しかも親から簡単なことで電話がくるかもしれない。その対策としてニュージーランドには電話は持っていきませんでした。
あと、ニュージーランドは以前に一度行ったことがあり、その時自然の美しさに魅せられ、また行きたいという思いもあったからです。
僕がやったことは、植村直己さんからしたら冒険の「ぼ」にも満たないものです。
しかし、植村直己さんはこのような言葉を残していました。
「自分の心を駆り立てる、やりたいというものがあって、それができるかできないかわからないということで、一生懸命危険を冒さないように努力をしてやる、そういうものがひとつの冒険じゃないかと思うのです。」
つまり冒険とは一人一人サイズが違うものだし誰かにそのこと(冒険の大小)について何も言われる筋合いはないはずだと。
自分自身を今より一歩でも向上させるアクションであれば自分自身にとって、それは冒険じゃないかと思うのです。
自分自身を成長、進化、向上させること。
このような言葉が好きで、これまで僕なりの小さな冒険をやってきました。
ある年は、ホテルの予約も取らず、往復の航空券だけを買い、1人でインドに行き到着はカルカッタ(コルカタ)、帰りはニューデリーにして9日間の間に電車でニューデリーに間に合うように行ってみようと1人で行ったこと。
何らかの理由で間に合わなければ会社の同僚に大きな迷惑がかかる。ただ遊びに行くだけでなくそういう課題を自分に与えていました。これも僕としては、大きな冒険でした。
自分自身の向上のために1年に1個以上は何か目標をもってやってきました。
〇〇歳はバイクの中型免許を取るとか、〇〇歳はベトナムに行くとか。さあ次はどこにしよう何をしようと考えてる時がとてもワクワクする瞬間でした。
中国語の勉強を始めようと思ったのも自分を向上させる1つでした。
サラリーマンだと1週間以上連続で休むのができないため結局これ以上のやりたいことはできませんでした。
だから全てをリセットして時間に縛られず気の向くまま冒険をやってみたいとなりました。
一周ということで自分の感情を自分自身で縛るのも嫌だったので何かワクワクすることがあったら一周というものにこだわるのはやめようと思っていました。
「会社に就職をしたら定年退職までずっと同じ会社に勤めあげる」入社当時はそれを当たり前のように思っていましたが29歳で「道」から外れた。
それから色んなドラマが始まった。これから先の人生も行き当たりばったりでいいんじゃないかと思っています。
自分のワクワクのアンテナを出してそれに引っ掛かれば、今の道にこだわらず違う道へ行くのもありと考えています。